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7日目の日記
 前回はあまりにも鬱すぎて、日記かけてなかったという。
 いや鬱々しくなる話ってきちんとした精神状態じゃないと書けないもので……(´・ω・`)


 というわけで以下畳む。




 目が醒めて、初めて目に入ったのは空だった。
 夜空にぽつぽつと穴を穿ち、染出るように光りを垂らす数多の星々。
 月齢0.00を記録する完全なる朔夜だからだろう。普段は白光に負けて見ることのできない微かな星明かりまでもが、己の残存を主張しようと燦めいていた。
「……ぁ……っ?」
 思わず漏らした吐息が小さな声となって出かけ、布地に阻まれたことで異常に気づく。
 その刹那、周囲四方に火が灯された。
 いや、吹き上げられる。盛大に点火された四つの篝火が咲夜の寝かされている場所を取り囲み、高らかに炎を吹き上げている。
 同時に響き渡るのは朗々とした壮年の声明。
 ドン、と空気を響かせる音が咲夜の全身を打ち抜いていく。
 巨大な大太鼓二つが定められたリズムで叩かれていくなか、五つ目の篝火が、響き渡る声に従うかのように燃え上がる。
 そこで初めて、咲夜は己が、いわゆる「祭壇」とでも言うべき場所に寝かされていることを知った。
 そして、己の意志で動けないということも。
 手首同士を縛られた両腕は頭上に掲げられ、どこかと結びつけられているのか左右に動かすことはできない。
 足もまた、両足首同士と、両足の親指同士がそれぞれ結ばれていて、更にそれが左右の何かに結ばれている感触だった。
 唯一自由になる首をどうにか篝火の方へ向けて、目に入ってきたのは正に異常な光景だった。
 列席する二十数人の人々と、祭壇――すなわち咲夜のすぐ近くに座る五人の人物。
 中でも中央に座る人物が様々に印を組み替えながら、念仏とも真言ともわからぬ言葉を朗々と謡いあげていた。
 それだけの光景が篝火に照らされてなお、個人個人を判別できないのは彼らが付けている面のせいであった。
 それが「雑面」というものなのだと、咲夜はかつて宮司から教えられた知識から思い出す。
 雅楽の高麗楽の一つ、蘇利古に使われるその面は、四角にきりとられた紙に目・鼻・口・眉毛・頬を書き人面としたもの。
『これはな、神さんそのものであり、神さんに仕える者らのもんでもあるんや』
 まだ咲夜が数え七つを超えたばかりのころ。
 世の何たるかを知らぬ幼子の頃に、咲夜の頭を撫でながら宮司が言った言葉が不意に思い出された。
 どういう意味だったのか、と思考を巡らせる余裕が無いのにも関わらず咲夜の脳裏にその声がまざまざとよみがえってくるのは、その日の記憶と目の前の光景が奇妙に同調しているからだろう。
 その年に数え七つとなる村の子らが、正月の七日に山の神社で舞い踊る祭り。
 その祭りの時も、今目の前に繰り広げられている光景と同様、盛大に神太鼓が打ち鳴らされていたから。
『神は人に顔を見せん。人は神さんに降りて頂きたい。せやから人と神の区別をつかんようにするこの面が大事なんや』
 そう言い宮司は木の面を手にとり、己の顔に被せて見せたのだ。
 その光景が、再び現実と重なり合う。
 ――宮司……っ!
 口に出して叫ぼうとしたが、噛まされた布がそれを許さない。
 呻くような声を漏らす目前の少女を無視するかのように、謡はさらに朗々と響く。
 それに従うかのように天に向かい立ち上る火の向こうで、無数の雑面の者らがゆっくりと祭壇に向き直り、声をそろえて謡いはじめる。

みてぐらは わがにはあらず あめにます とよおかひめの

 雑面らが謡いだすのと同時に、先ほどまで身を震わせるようであった太鼓がその音を休ませ、耿々と焔を燦めかせていた篝火はその勢いを減じ、ゆらゆらとその身を躍らせる。
 宮司もまた高らかな祝詞から、地より響く神楽へとその声明を変じていた。
 新暦二月の深夜である。
 小ぶりとはいえ歴とした山の中、本来静寂が横たわっているはずの静寂の中だ。

みてぐらに ならまじものを すべがみの みてにとられて

 その中で、ただゆっくりと静寂を揺らす神楽の謡。
 咲夜はその中で、ゆるゆると、しかし着実に足下に這い寄る蛇を見ているかのような感覚に陥っていた。
 自身を省みれば、そこから逃れることを許されないただの鼠も同然の状態である。 

なづさはるべき なづさはるべき

 浮かぶのは困惑。
 思うは恐怖。
 考えるな、と本能が命じる。
 しかしその心は、心の奥底、恐怖に押し流されようとする理性の命ずるままに思考を繰り広げていく。

ききりりり せんざいやう びやくしゆとう ちやうせつじんちょう

『お前さんは神さんに選ばれた巫女やからな、今後はうっとこの儀式をちぃとずつ手伝っていかなあかんよ』
 幼い頃に見た雑面の宮司の言葉がよみがえる。
 "選ばれた"こと、咲夜はそれを単に祭りの儀式の一巻として、古い因習の名残なのだと考えていた。

しょうじょうげや しょうじょうげや あかほしは みようじやうは

 けれど、これは違う。
 段々と早鐘を打ち始める鼓動が、碌でもない事実を咲夜にゆっくりと知らしめる。

くはやここなりや なにしかも よひのつきは ただここにまさや

 この光景。
 だがそれ以上に、この祭壇や、「数十年に一度」の大祭なのに全く喧伝されず殆ど知られていなかった事、学校の同級生らがかけらも楽しみにする様子をみせなかったことが次々と頭の中を巡っていく。
 七つの子らが舞う中で、他の子らの母が、父が、そして村八分にされている家系であった為普段は祭りにも参加していなかった咲夜の父母ですらが、祈るように祭壇を見つめていた光景が脳裏にまざまざと蘇ってくる。


ゆふつくる しなのはらにや あさたづね あさたづね あさたづねや

 秘祭。
 祭壇。
 身動きがとれぬように縛られ何も聞かされていない己の現実。
 七つの頃、不意に村八分を解かれ、挙げ句戦争の影響で失職していたところで、村役場に働き口を得た父。

あさたづね ましもかみぞや あそべ あそべ あそべ あそべ あそべ あそべや 
    あそべ あそべ あそべ あそべ あそべ あそべや あそべ あそべ あそべ あそべ あそべ あそべや

『時代も新しくなったんや、いつまでも因習にとらわれ取ったらあかんちゅうことや』
 正月の挨拶に赴いた時に、そう言って笑ったのは当時の村長だった。
 とんだお笑いぐさだよね。
 心のどこかで、誰かがそう囁いたような気がした。

みてぐらは わがにはあらず あめにます とよおかひめの

 ゆらり、と雑面の者らのうちの数人が立ち上がる。
 その時初めて咲夜はそれの存在に気づいた。
 宮司のすぐ後ろに横たえられている棺。それを持ち上げ、祭壇を破産で宮司の反対側まで持ってきた彼らは、静かに地に置くと、ゆっくりとその蓋を開き、祭壇の端へと立てかける。
 漆でも塗られているのか、黒一色でありながら、篝火に照らされた棺はぬらぬらとした照り返しを放つ。

みてぐらに ならまじものを すべがみの みてにとられて なづさはるべき なづさはるべき

 その様を見て、ゆったりと響く声明に抱かれ、ああ、と咲夜は空を見上げた。
 何のことはない、巫女とはすなわち、『生贄』だったのだ、と悟ったからだった。

ちはやふる このみやしろの ひめこまつ

 父母が当然知っていたであろうことも、だ。
 巫女に選ばれたことを堺にした、母の卑屈にも思わせる遠慮がちな態度。
 一家に訪れた奇妙な平穏。
 巫女に課された、村を出てはならぬという因習の縛り。
 強要ではなく、懇願によりそれに従わせてきた両親の記憶が、それを物語っていた。

あはれれん れれんや れれんや れれんやれん あはれのおにどうぢ あらはれれ ふるべふるべや ものべこり われれわれやれ てんこおり

 縛られていた咲夜の両の腕と足、そして腰に、人の手がふれた。
 雑面らが、己の身を棺にいれようとしていることを頭で理解していたが、ふわふわとした感覚が、それを認識することを妨げていた。
 今日の今日まで意識したことの無かった、生贄の儀式という現実は、それにふさわしい限りに冗談じみていた。
 己にふれる手の持ち主らや、背後で朗々と謡い終えた者らが雑面を被っていたことも、少なからず影響していたのだろう。
 そんな彼女が半ば呆然とした無抵抗の状態で棺に安置された時、不意に、篝火が勢いを増して吹き上がった。
 それに誘われるかのように、祭壇から棺に向かい突風が吹く。
 
ふしのかみ ふるやおにこの ゆきもがな くみのおしてて よみぢかよはん

 最後とばかりに響き渡る謡に押されるかのように、棺を閉じる雑面のものの面が巻き上げられる。
 それが、理解の範疇を超えた現実に押しつぶされそうになっていた咲夜の心を呼び戻した。
 いつのまにか解かれた両手足はしかし縛られたように動けず、既に布の取り払われた口からも、何故か容易に声を漏らすことはできない。
 それでも、咲夜は身の内を暴れる激情に任せ、五つの音を、はき出していた。

――ゆるさない。

 紡いだ言葉が向けられたのは、風で面がめくれた雑面の者。



 咲夜の、父だった。


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